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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)152号 判決

原告

山田修

被告

王子税務署長 木本邦男

右指定代理人

加藤裕

杉崎博

佐々木喜一

佐藤謙一

江口克介

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対し平成七年二月二八日付けでした原告の平成三年分の所得税の更正処分のうち納付すべき税額一三万四五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

二  被告が原告に対し平成七年二月二八日付けでした原告の平成四年分の所得税の更正処分(ただし、裁決により一部取り消された後のもの)のうち納付すべき税額一五万三二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

三  被告が原告に対し平成七年二月二八日付けでした原告の平成五年分の所得税の更正処分のうち納付すべき税額一八万五二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、製本業を営む原告の平成三年分ないし平成五年分(以下、平成三年分ないし平成五年分をまとめて「本件係争年分」という。)の所得税について、被告が推計により原告の所得金額を計算して、各更正処分(以下、右各年分の所得税の更正処分をそれぞれ「平成三年分更正処分」、「平成四年分更正処分」、「平成五年分更正処分」といい、これらを併せて「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)を行ったのに対し、原告がこれを不服として、本件各更正処分のうち納付すべき税額が原告の申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分(ただし、平成四年分更正処分及び同年分の過少申告加算税賦課決定処分については、裁決により一部取り消された後のもの)の取消しを求めている事案である。

一  前提となる事実

(以下の事実のうち、証拠を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)

1  原告は、東京都板橋区蓮沼町二六番一一号所在の事業所(以下「原告事業所」という。)において製本業を営む者である。

2  原告は、昭和六二年三月一六日、簿記方式を「簡易簿記」、備付け帳簿を「現金出納帳・経費帳」とする「所得税の青色申告承認申請書」を被告に提出し、被告が同年一二月三一日までに右申請に係る承認又は却下の処分をしなかったことから、所得税法一四七条により、同年分以降の確定申告につき青色申告の方法によることの承認を受けたものとみなされた。

3  課税処分等の経緯

(一) 原告は、本件係争各年分の所得税について、各申告期限までに、次のとおり確定申告を行った。

(1) 平成三年分

ア 総所得金額 三二五万七六〇六円

イ 納付すべき所得税額 一三万四五〇〇円

(2) 平成四年分

ア 総所得金額 二六八万五八六五円

イ 納付すべき所得税額 一五万三二〇〇円

(3) 平成五年分

ア 総所得金額 三〇二万九九三二円

イ 納付すべき所得税額 一八万五二〇〇円

(二) 本件係争各年分の所得税についての調査及び本件各更正処分等

(1) 被告は、原告の本件係争各年分に係る申告所得金額が適正であるか否かについて調査する必要があると判断し、被告所部係官小掠広光(以下「小掠係官」という。)に原告の所得税の調査を命じた(乙一三)。

(2) 小掠係官は、平成六年一〇月二四日、同年一一月一日及び同月二二日に原告事務所に臨場するなどして、調査を行った(乙一三、証人小掠広光、原告本人)。その結果、被告は、次のとおり、原告の所得金額を推計して本件各更正処分等を行った。

ア 平成三年分

a 総所得金額 八五九万〇八二八円

b 納付すべき所得税額 一一〇万三四〇〇円

過少申告加算税 一一万七五〇〇円

イ 平成四年分

a 総所得金額 九七二万二五二八円

b 納付すべき所得税額 一六七万〇七〇〇円

c 過少申告加算税 一九万七〇〇〇円

ウ 平成五年分

a 総所得金額 一〇一六万五六〇九円

b 納付すべき所得税額 一七九万六四〇〇円

c 過少申告加算税 二〇万七五〇〇円

(三) 不服申立て

(1) 原告は、本件各更正処分等を不服として、平成七年四月二七日、被告に対し異議申立てを行ったが、被告は、同年六月二八日付けで、右異議の申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。

(2) 原告は、右決定を経た後の本件各更正処分等をなお不服として、平成七年七月二八日、国税不服審判所長に対し審査請求を行った。同所長は、平成八年六月六日付で、右審査請求に対し、次のとおりの裁決をした。

ア 平成四年分更正処分のうち納付すべき税額一六〇万一七〇〇円を超える部分及び同年分の過少申告加算税賦課決定処分のうち税額一八万六五〇〇円を超える部分を取り消す。

イ その余の各更正処分及び各賦課決定処分に対する審査請求をいずれも棄却する。

二  本件各更正処分(平成四年分については裁決による一部取消し後のもの。以下同じ。)の適法性に関する被告の主張

1  被告が本件訴訟において主張する原告の本件係争各年分の総所得金額(事業所得の金額)及びその計算根拠は、次のとおりである(当事者間に争いのないものについてはその旨記載した。)。

(一) 平成三年分について

右年分の事業所得の金額は八七四万二三九四円であり、その算出経過は、次のとおりである。

(1) 総収入金額(争いがない。) 二六四八万四〇七七円

右金額は、原告の取引先の調査等により把握し得た原告の製本業に係る平成三年分の収入金額であり、その内訳は、別表一「収入金額明細表」の「平成三年分」欄記載のとおりである。

(2) 比準同業者の平均特前所得率 三三・〇一パーセント

右比率は、原告が事業所を有する板橋区において、原告と同様に製本業を営み、かつ、事業規模が原告のそれと類似する個人事業者の中から一定の基準により抽出した者(以下「比準同業者」という。)の平成三年分の事業所得に係る総収入金額に対する特前所得金額(総収入金額から売上原価及び必要経費の額を控除して算定した青色申告特典控除前の所得金額をいう。以下同じ。)の割合(以下「特前所得率」という。)の平均値(以下「平均特前所得率」という。ただし、小数点第五位以下四捨五入。別表二の1参照。)である。

(3) 事業所得の金額 八七四万二三九四円

右金額は、右(1)の総収入金額に右(2)の比準同業者の平均特前所得率を乗じて算出したものである。

(二) 平成四年分

右年分の事業所得の金額は九四九万二六一四円であり、その算出経過は、次のとおりである。

(1) 総収入金額(争いがない。) 三二七一万六五一一円

右金額は、原告の取引先の調査等により把握し得た原告の製本業に係る平成四年分の収入金額であり、その内訳は、別表一「収入金額明細表」の「平成四年分」欄記載のとおりである。

(2) 比準同業者の平均特前所得率 三一・四六パーセント

右比率は、比準同業者の平成四年分の平均特前所得率(別表二の2参照)である。

(3) 事業専従者控除額控除前の所得金額 一〇二九万二六一四円

右金額は、右(1)の総収入金額に右(2)の比準同業者の平均特前所得率を乗じて算出したものである。

(4) 事業専従者控除額(争いがない。) 八〇万円

右金額は、原告の妻山田富子に係る所得税法五七条三項(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)所定の事業専従者控除額である。

なお、原告は、平成四年三月一六日、同年一月以後に青色事業専従者給与を支給する旨の「青色事業専従者給与に関する届出書」を被告に提出したものである。

(5) 事業所得の金額 九四九万二六一四円

右金額は、右(3)の事業専従者控除額控除前の所得金額から右(4)の事業専従者控除額を控除した金額である。

(三) 平成五年分

右年分の事業所得の金額は一〇二四万二一四三円であり、その算出経過は、次のとおりである。

(1) 総収入金額(争いがない。) 三五八一万六二二七円

右金額は、原告の取引先の調査等により把握し得た原告の製本業に係る平成五年分の収入金額であり、その内訳は、別表一「収入金額明細表」の「平成五年分」欄記載のとおりである。

(2) 比準同業者の平均特前所得率 三〇・八三パーセント

右比率は、比準同業者の平成五年分の平均特前所得率(別表二の3参照)である。

(3) 事業専従控除額控除前の所得金額 一一〇四万二一四三円

右金額は、右(1)の総収入金額に右(2)の比準同業者の平均特前所得率を乗じて算出したものである。

(4) 事業専従者控除額(争いがない。) 八〇万円

右金額は、原告の妻山田富子に係る所得税法五七条三項所定の事業専従者控除額である。

なお、原告は、平成四年三月一六日、同年一月以後に青色事業専従者給与を支給する旨の「青色事業専従者給与に関する届出書」を被告に提出したものである。

(5) 事業所得の金額 一〇二四万二一四三円

右金額は、右(3)の事業専従者控除額控除前の所得金額から右(4)の事業専従者控除額を控除した金額である。

2  推計の合理性について

(一) 被告主張の原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記1記載のとおり、原告の取引先の調査等により把握し得た本件係争各年分の収入金額の合計額を基に、比準同業者の平均特前所得率を適用して推計したものである。

右算定の基礎とした比準同業者は、原告が事業所を有する板橋区において、原告と同様に製本業を営む個人事業者のうちから、次の(1)ないし(8)の基準のすべてに該当する者を抽出したものである。

(1) 製本業を営む、青色申告の承認を受けている個人の事業所得者

(2) 板橋税務署長に所得税の確定申告書を提出している者で、同税務署管内に事業所を有する者

(3) 本件係争各年分ごとの製本業に係る総収入金額が、次の範囲内(原告の総収入金額の二分の一以上二倍以内)である者(以下、この基準を「倍半基準」という。)

ア 平成三年分については、一三二四万二〇三九円以上五二九六万八一五四円以下

イ 平成四年分については、一六三五万八二五六円以上六五四三万三〇二二円以下

ウ 平成五年分については、一七九〇万八一一四円以上七一六三万二四五四円以下

(4) 仕入金額のない者

(5) 給料又は外注費の支払がある者

(6) 青色事業専従者が一名(妻)以内の者

(7) 年間を通じて、前記(1)の事業を継続している者

(8) 次のア及びイのいずれにも該当しない者

ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者

イ 更正又は決定処分がされている者のうち、次のa又はbに該当する者

a 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者

b 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審査中である者

(二) 以上のとおり、被告は、本件各係争年分ごとに前記(一)の(1)ないし(8)の各抽出基準のすべてを満たしている者を比準同業者として機械的に漏れなく抽出したものであるから、右抽出に恣意が介在する余地はなく、また、その抽出地域も原告が事業所を有する板橋税務署管内に限定していることから地域の類似性も担保されており、かつ、抽出された比準同業者は原告と業種及びその事業規模等が類似する青色申告者であるから、被告が採用した推計の方法は、これによって求められた数値を原告の本件係争各年分の真実の所得金額に近似するものと認めるに足りる合理性を有するものというべきである。

3  以上のとおり、本件各更正処分に係る総所得金額は、いずれも右推計により算出した総所得金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

三  本件各賦課決定処分(平成四年分については裁決による一部取消し後のもの。以下同じ。)の適法性に関する被告の主張

原告は、本件係争各年分に係る総所得金額をいずれも過少に申告していたので、被告は、本件各更正処分により新たに納付すべきこととなった所得税額(国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)、平成三年分九五万円、平成四年分一四一万円、平成五年分一五五万円を基礎として、同法六五条一項及び二項の規定に基づき計算した過少申告加算税(ただし、平成四年分は裁決による一部取消し後のもの)、平成三年分一一万七五〇〇円、平成四年分一八万六五〇〇円、平成五年分二〇万七五〇〇円をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件各賦課決定処分は適法である。

四  争点及び争点に対する当事者の主張

本件の争点は、〈1〉平成五年分の所得金額について推計の必要性があるか否か(争点1)、〈2〉本件係争各年分の所得金額の推計が合理性を有するか否か(争点2)であり、右各争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。なお、原告の平成三年分及び平成四年分の所得金額について推計の必要性があることは、当事者間に争いがない。

1  争点1(平成五年分の所得金額について推計の必要性があるか否か)について

(被告の主張)

(一) 小掠係官が行った調査において、原告が提示した書類を検討したところ、次のことが認められた。

(1) 平成五年分の売上げに係る請求書の控え及び領収書の控え並びに預金通帳等を検討したところ、右各書類に基づき計算した売上金額が原告の平成五年分の青色申告決算書(一般用)に記載された売上金額と一致しなかったこと。

(2) 平成五年分の経費に係る領収書の中には、同一の支払先である領収書であるのに日付や宛名の記載があったりなかったりと不統一なもの、支払先のみの記載があり日付、宛名、金額の記載が全くないいわゆる白地の領収書があること。

(3) 給与明細書に記載された者のうちにタイムカードの保存がない者や住所の明らかでないものがあること。

(二) 右のことから、被告は、原告が提示した書類だけでは、原告の平成五年分の所得金額を直接資料により実額で計算することは到底不可能であると判断し、推計の方法により右所得金額を算定したものであり、右所得金額について推計の必要性が存在したことは明らかである。

(原告の主張)

(一) 原告の平成五年分の所得金額については、原始資料があり、同年分の収入・支出の状況はこの原始資料によって明らかにすることができるから、推計の必要性は存しない。被告は、原始資料がない旨主張するが、原始資料が一部欠けているのは、原告が被告に提出した平成四年分及び平成五年分の売上げに係る領収書控えのつづりが返却されていないからである。

(二) 経費に係る領収書のうちには、領収書に宛名の記載のないもの、領収書の宛名が「上様」となっているもの、領収書の日付の記載がないものがあるが、経費の支払先には領収書の宛名を書いてくれないところ、宛名は「上様」でいいと理解しているところがあり、右のような領収書があるからといって、平成五年分の所得金額について推計の必要性があるとはいえない。

2  争点2(本件係争各年分の所得金額の推計が合理性を有するか否か)について

(被告の主張)

(一) 前記二1及び2に記載のとおり。

(二)(1) 原告は、製本業者は多種多様であり、〈1〉工場を賃借している者と自己所有の者、〈2〉機械の購入に係るローン返済中の者とそうでない者、さらに、〈3〉被告が比準同業者を抽出した板橋区に多い凸版印刷株式会社(以下「凸版印刷」という。)の下請業者とそうでない者(原告)というように、比準同業者と原告とでその業態が異なるのであるから、被告が行った推計には、その合理性がない旨主張する。

(2) しかし、推計による課税は、納税者の所得金額を直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ、原告と比準同業者の類似性を過度に要求することは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねず、所得税法が推計による課税を認めている以上、業種及び業態、事業所の近接性、事業規模等の基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業諸条件の差異は、それが推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均値を算出する過程で捨象されるものというべきである。

右を本件についてみると、被告が、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を算出するために本訴において主張する推計方法は、前記二2で述べたとおり、比準同業者の平均特前所得率を原告の総収入金額に乗じるというものであるが、右の比準同業者を抽出するに当たり、資料の正確性を担保するために個人の青色申告者を対象とし、業種・業態の類似性を求めるため、年間を通じて原告と同じ製本業を継続して営んでいる者に限定し、地理的・環境的近接性を求めるため、原告と同じ東京都板橋区に事業所を有する者とし、事業規模の近似性を考慮して、倍半基準を採用し、さらに、災害等により経営状態が異常であると認められる者及び税務署長から更正又は決定処分を受け、これに対して不服申立て等を行っている者を除いたものである。

以上のとおり、本件においては、推計の合理性を確保するための基礎的要件において何ら欠けるところはない。

さらにいえば、その基礎となる各同業者の営業状況と原告のそれとに差異があるのはむしろ当然のことであって、同業者間に個々的な差異があることを前提としつつ、一定の基準のもとに比較的原告と事業の規模ないし業態が類似していると認められる同業者の一群を抽出し、その平均値を求めることにより本件推計の合理性が担保されるということができるのである。

(3) 次に、原告が主張する比準同業者と原告との個々具体的な業態の相違について検討する。

ア 工場を賃借している者と自己所有の者との差異

事業を遂行するに当たり、「工場を賃借している」こと、又は「工場を自己所有している」ことは、それぞれ通常の事業形態であって、その事業者の特殊事情に当たらず、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業諸条件の差異であることは明らかというべきである。

また、工場を賃借している者は、工場の支払家賃を必要経費の額に計上し、一方、工場を自己所有している者は、工場の減価償却費、修繕費及び固定資産税の額を必要経費の額に計上し、さらに、その多くが工場購入に係る借入金の利子を支払っており、それを必要経費の額に計上している。これらの必要経費の合計額の差異が、平均特前所得率の算定において、推計を不合理ならしめる程度に顕著な差異に当たるとは認められない。

イ 機械の購入に係るローン返済中の者とそうでない者との差異

「機械の購入に係るローン返済」の有無は、右アで述べたのと同様、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業諸条件の差異であることは明らかというべきである。

また、ローンの返済額は、借入金元本部分及び支払利息相当額部分を合計した金額であり、借入金元本部分は負債の返済であるから必要経費には当たらず、また、利息相当部分については、機械購入に係る借入金の利息と性質は同じものである。そして、機械の購入について、ローンの返済がある場合、あるいは借入金とその利息の返済がある場合とそれらが全くない場合とで、その差異が、平均特前所得率の算定において、推計を不合理ならしめる程度に顕著な差異に当たるとは認められない。

ウ 凸版印刷の下請業者と原告との差異

凸版印刷の下請業者と原告とで、どのような営業諸条件の差異があるというのか原告の主張の趣旨は明らかでないところ、右下請業者の方が所得率は必ずしも高いということにはならず、むしろ、下請業者の方が、元請会社から仕事を継続的に発注される代わりに仕事の単価を低く抑えられるため、所得率は低くなる傾向があるとも考えられる。

したがって、原告の右主張には理由がなく、しかも、そのことをもって、推計を不合理ならしめる事情ということは到底できないというべきである。

このように、原告の右各主張には、いずれも理由がない。

(4) 以上のとおり、被告が本訴において採用した同業者の抽出基準は、何ら合理性に欠けるところはないというべきであるから、原告の主張には理由がない。

(三) 原告は、比準同業者の抽出について、倍半基準を採用しているが、その根拠が不明である旨主張する。

しかしながら、倍半基準は、推計課税の基礎となる収入金額や仕入金額の多寡が当該納税者の事業規模を推測する蓋然性の高い価値尺度足り得るという経験則を前提とするものであるから、これにより抽出された比準同業者数(選定件数)の合理性及びこれにより得られた同業者率の内容の合理性が認められるならば、同業者の類似性を十分に担保することができるのであって、納税者の所得金額を推計するについて倍半基準を用いることは、合理性ありとして多くの裁判例で認められているところである。

したがって、被告が比準同業者の抽出について、倍半基準を採用したことには合理性があるというべきであるから、原告の主張には理由がない。

(原告の主張)

(一) 原告は、業種業態に類似性のある同業者にあっては同程度の収入に対し同程度の所得を得ることが通例であるとして、被告主張の推計に合理性がある旨主張するが、原告が営む製本業は多種多様であり、これらを一括して類似性同業者とみるのは合理性を欠く。

(1) 被告の主張する基準だけでは、それによって選定された同業者と原告との類似性はいまだ低いものであり、工場を間借りして経営しているか、機械の購入資金の返済は終わっているかといった項目も選定基準に加えるべきである。

すなわち、工場を賃貸している者と所有している者の差異については、工場を自己所有し、減価償却をしていれば、帳簿上の利益は多くなるし、既に借入金等を完済している者と比べると利益にはかなりの差が出てくる。

また、機械の購入に係るローンを返済中の者とそうでない者との差異については、その差は歴然であり、ローンを返済中でない者の利益が多くなるのは当然である。

(2) さらに、被告は同業者の抽出を行う範囲を板橋税務署管内に限定しているところ、板橋区内には、凸版印刷等大手印刷会社があるが、原告は、このような大手印刷会社との取引はないため、原告と、被告の選定した業者に類似性があるとはいえず、被告のした推計は合理性がない。この点について、被告は、下請業者は単価が低く抑えられるから所得率が低くなると主張するが、仕事の単価を低く抑えられても、継続的に発注される方が利益は多くなるから、原告との間に差異が生ずる。

(二) また、同業者の選定に当たり、原告より売上げの多い業者は各年分につきそれぞれ一件だけであり、その最高は原告の一・五三倍であり、平成五年においては、一・〇〇八二倍という原告とほとんど差異のない業者が選定されており、被告は倍半基準を適用したと主張するが、被告が故意に業者を選定しているといわざるを得ない。そして、同業者の選定に当たり、平成三年と平成四年がそれぞれ五件選定されているのに、平成五年は四件しか選定されていないことからすると、被告の主張する類似同業者の平均値は合理性がなく、恣意的に作成されたものであるといわざるを得ず、被告の推計には合理性はない。

(三) 平成三年分と平成四年分については、同業者に比準して推計を行うのではなく、原告自身の平成五年分の申告金額を基に推計を行うのが合理的である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(平成五年分の所得金額について推計の必要性があるか否か)について

1  原告は、平成三年分と平成四年分については、すべての資料が存在しているわけではないことから推計の必要性を認めているが、平成五年分については、領収書等の資料があることを理由に推計の必要性自体を争うので、平成五年分について推計の必要性があるか否かについて判断するに、前記第二の一記載の事実に証拠(甲二、乙四の1ないし34、五の1ないし5、八ないし一一、一二の1ないし35、一三、一四、一六、一七、証人小掠広光、原告本人)及び弁論の全趣旨を併せると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、原告の本件係争各年分に係る申告所得金額が適正であるか否かについて調査する必要があると判断し、平成六年一〇月上旬、小掠係官に原告の所得について調査を命じた。

(二) 小掠係官は、平成六年一〇月二四日、その上司である被告所部係官長澤哲夫統括国税調査官(以下「長澤統括官」という。)とともに原告事業所へ臨場した。

小掠係官らは、原告に対し、本件係争各年分の関係書類の帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、平成三年分及び平成四年分の各売上集計表、平成五年分の売上げに係る請求書の控え及び領収書の控え、平成四年分の売上げに係る請求書の控え及び領収書の控えの一部、機械のリースに係る契約書、貸倒れに係る書類、三菱銀行池袋東口支店が原告に送付した原告名義の普通預金口座の明細、平成五年分のタイムカード及び原告名義の口座がある金融機関の普通預金通帳を提示した。しかし、帳簿については作成していないとしてその提示がなく、必要経費の領収書等については知人に預けてあるとして、その提示がなかった。

小掠係官は、平成五年分について原告から提示された売上げに係る請求書の控えや領収書の控え、預金通帳から原告の同年分の申告に係る売上金額が正しいかどうか検討したが、小掠係官が右資料に基づき算定した金額の方が原告の同年分の申告に係る売上金額を上回っていた。なお、平成三年分及び平成四年分の各売上集計表の金額と原告の平成三年分及び平成四年分の申告に係る売上金額とは一致せず、右各売上集計表の金額の方が多かった。

必要経費については、原告が知人に経費に係る領収書を預けている旨申し立てたので、小掠係官は、その知人から右領収書を取り寄せて提示するように原告に依頼した。

小掠係官は、右のように書類等を検討したが、すべてを検討するには時間が足りなかったので、原告の了解を得た上で、貸倒れに係る書類三枚及び平成五年分のタイムカードを借用することとし、小掠係官において「帳簿書類等の預り証」と題する書面の「帳簿書類等の名称」欄に「貸倒関係書類」、「タイムカード」と、「数量」欄に「3枚」、「三五枚」とそれぞれ記載し、その他の必要事項を記載した上で、原告に署名、押印してもらい、右預り証を原告に交付して、原告事業所を辞去した。

(三) その後、平成六年一〇月三一日に、原告から小掠係官に対し、知人に預けていた書類を取り寄せた旨の連絡があったことから、小掠係官は、同年一一月一日に、再び原告事業所へ臨場した。

小掠係官が、原告に対し、知人から取り寄せた本件係争各年分の書類の提示を求めたところ、原告は科目ごとに仕分されてビニール袋に入った平成五年分の経費に係る領収書及び同年分の給与賃金のメモを提示したが、これ以外の書類については提示しなかった。原告は、平成三年分及び平成四年分の経費に係る領収書も提示しなかった。

そこで、小掠係官は、原告の了解を得た上で、原告から提示のあった右の書類を借用することとし、小掠係官において「帳簿書類等の預り証」と題する書面の「帳簿書類等の名称」欄に「経費領収書等関係書類」、「年分」欄に「5」とそれぞれ記載し、「数量」欄を空白にしたまま、その他の必要事項を記載した上で、原告に署名、押印してもらい、右預り証を原告に交付して、原告事業所を辞去した。このとき、小掠係官は、領収証のほかに給料賃金のメモを借用したが、原告がまとめて書いてもかまわないと了解したため、「帳簿書類等の預り証」と題する書面の「帳簿書類等の名称」欄に「経費領収証等関係書類」と記載したものである。また、小掠係官は、原告に対し、領収書の枚数を全部数えた方がよろしいかと尋ねたところ、原告が特に数えなくてもかまわないと了承したため、小掠係官は、領収書の枚数を数えなかった。

(四) 小掠係官は右の書類を持ち帰って検討した結果、本件係争各年分すべての売上げに計上漏れがあること、提示された平成五年分の経費に係る領収書から算定される一般経費の額と申告に係るその額が一致しないこと、平成五年分に係る貸倒金の計算根拠が不明であること、平成五年分の給与賃金のメモとタイムカードの記載内容が一致しないことが判明した。

また、小掠係官が原告から借用した平成五年分の経費に係る領収証の中には、同一の支払先の領収証のうちに、日付や宛名の記載があるものとないものがあり、また、支払先のみの記載があり、日付、宛名、金額の記載がない領収証が存在した。

(五) そこで、小掠係官は、平成六年一一月二二日、原告事業所へ行き、右の点について原告に質問をしたが、原告から明確な回答は得られなかった。

小掠係官は、同日、原告から借用した書類をすべて返却した。返却の際には、貸倒書類とタイムカードについては預り証記載の枚数と一致することを確認し、経費に係る領収証については、袋から全部出して原告にその内容を確認してもらった。また、小掠係官は、平成六年一〇月二四日及び同年一一月一日に原告から書類を借用する際に原告に交付していた「帳簿書類等の預り証」と題する書面の「上記の帳簿書類等について返却を受けました。」という欄に、それぞれ原告の署名、押印を得た。この際、原告は、書類が一部足りないなどという話はしなかった。

(六) 小掠係官は、原告の営む製本業に係る本件係争各年分の収入金額につき、原告の取引先の調査等により前記第二の二1(一)、(二)及び(三)の各(1)に記載のとおり、総収入金額を算出した。

2  以上の事実を前提に、平成五年分の所得金額について推計の必要性があるか否かについて検討する。

(一) 所得金額は、収入金額から必要経費を控除して計算されるものであり、その計算は、本来、直接資料に基づき実額により行われるべきものであって、所得税法においても、実額課税を当然の原則としているものと解される。しかしながら、〈1〉納税義務者が収支を明らかにする帳簿書類を備え付けていないこと、〈2〉帳簿書類の備付けがあっても、その記載内容が不正確であること、〈3〉納税義務者が税務署長の行う税務調査に非協力的であることなどにより、所得金額を実額で算定することが不可能又は著しく困難である場合には、各種の間接資料を用いて所得金額を推計して課税することも許容されるべきであり、所得税法一五六条は、このことを明らかにしたものである。他方、右のような推計の必要性がないにもかかわらず、推計により所得金額を計算して更正処分を行った場合には、当該更正処分は、手続上の適法要件を欠くものとして違法になるものというべきである。

(二) これを平成五年分更正処分に関してみると、前記1で認定したとおり、原告は、小掠係官に対し帳簿は作成していないと言明し、平成五年分の売上げに係る請求書の控え及び領収書の控え、機械のリースに係る契約書、貸倒れに係る書類、三菱銀行池袋東口支店が原告に送付した原告名義の普通預金口座の明細、平成五年分のタイムカード、原告名義の口座がある金融機関の普通預金通帳及び平成五年分の経費に係る領収書を提示するにとどまったこと、小掠係官が右の書類を検討した結果、売上げに係る請求書の控えや領収書の控え、預金通帳に基づき算出した売上金額と申告に係る売上金額が一致しなかったこと、経費に係る領収証に基づき算定した一般経費の額と申告に係る一般経費の額が一致せず、また、原告が作成させた給与賃金のメモとタイムカードの記載内容が一致しなかったこと、さらに、経費に係る領収書については、同一の支払先の領収証のうちに、日付や宛名の記載があるものとないものがあり、また、支払先のみの記載があり、日付、宛名、金額の記載がない領収証が存在したこと、しかも、右の各点について原告から合理的な説明がなかったことが認められるのであって、右事実によれば、平成五年分の原告の所得金額を実額で算定することはできないものいわざるを得ない。したがって、平成五年分の所得金額については推計の必要性があったものというべきである。

(三) これに対し、原告は、平成五年分については、原始資料があるので、収入・支出の状況を原始資料によって明らかにすることができ、推計の必要性は存しない旨主張し、さらに、原始資料が存在しないことに関して、原告が被告に提出した平成四年分及び平成五年分の領収書控えつづりが返却されていない旨主張し、原告本人尋問においてこれに沿う供述をするが、右供述は、証拠(乙八ないし一〇、証人小掠広光)に照らしてたやすく信用することができない。のみならず、本件では、被告は、原告の本件係争各年分の総収入金額を反面調査等を行って実額で把握しており、実際上は、必要経費についてのみ右に認定したような事情から実額で算定することができず、推計によらざるを得ないところ、仮に原告の主張するように売上げに係る領収書控えつづりが返却されていないという事実があったとしても、それによって、必要経費の額について実額による算定が可能になるわけではないので、推計の必要性には何ら影響を及ぼさないものというべきである。したがって、原告の主張は失当である。

また、原告は、タイムカードと給与賃金のメモとの記載内容の不一致について、タイムカードに記載している以上に手当を付けて給与を支払っていたと主張するが、証拠(乙一一、一二の1ないし35)によれば、平成五年四月分の山口の給与についてタイムカードでは一九万円となっているのに給与明細書では二一万九八七〇円となっており、また、同月分の湯澤の給与についてはタイムカードではわずか五万三一二〇円となっているのに、給与明細書では二一万六七〇〇円となっているなど、給与明細書には不合理な点があり、給与明細書の記載内容には疑義があるといわざるを得ない。そして、原告本人尋問のよれば、原告はどのような基準で手当を付けていたのかについては記憶しておらず、また、支払をした手当の額を記載していたメモも紛失してしまったというのであるから、支払給与の額を実額で算出することは困難というべきである。

さらに、原告は、日付、宛名、金額等の一部又は全部の記載のない領収書について、領収書の宛名を書いてくれないところ、宛名は「上様」でいいと理解しているところがあり、右のような領収書があるからといって、推計の必要性があるとはいえない旨主張するが、そもそも日付や宛名の記載のない領収書では、それが原告の事業に係る必要経費になるのか、あるいはどの年分の必要経費になるのかについて判断することが難しく、これらによって必要経費を適正に算出するのは困難というべきである。この点に関する原告の主張は失当である。

二  争点2(本件係争各年分の所得金額の推計が合理性を有するか否か)について

1  推計課税は、前記一2(一)で説示したとおり、所得金額を実額で算定することができないときに、やむを得ず間接資料により所得金額を推計するものであるから、推計の方法は、真実の所得金額に近似した数値を算定しうる合理的なものでなければならない。もとより、この場合において、推計によって算出した所得金額ができるだけ真実の所得金額に近似することが望ましいことはいうまでもないが、推計というその方法の性質上、推計課税において求められる「推計の合理性」とは、推計方法が一般的にみて合理的であり、真実の所得金額と合致する蓋然性があると認められれば足りるものと解するのが相当である。

2  右の観点から検討するに、被告が本件訴訟において主張する推計方法は、被告が反面調査等により把握した収入金額(当事者間に争いがない。)を基礎とし、原告が事業所を有する板橋区において、原告と同様に製本業を営み、かつ、事業規模が原告のそれと類似する個人事業者の中から一定の基準により抽出した者(比準同業者)の本件係争各年分の事業所得に係る総収入金額に対する特前所得金額の割合(特前所得率)の平均値(平均特前所得率)を算出し、右の原告の収入金額に比準同業者の平均特前所得率を乗じて算出するというものであるが、一定の事業を営む者について、収入金額が把握できるが、その収入を得るために要した経費を実額によって算定することができないとう場合において、同一地域において同種の事業を営む事業規模の類似する同業者の平均的な所得率により所得金額を推計することは合理性を有するものというべきである。

3  そこで、以下、右の推計方法により所得金額を推計するに当たって、被告が採用した同業者の平均特前所得率が適正か否かについて検討する。

(一) 証拠(乙六、七の1ないし3、一五、証人吉田昌一)によれば、〈1〉 東京国税局長は、板橋税務署長に対し、平成九年一一月二七日付けで、「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面によって、本件係争各年分について前記第二の二2(一)の(1)ないし(8)の基準のすべてに該当する者について、「製本業者(個人)の課税事績報告書」を作成することを求めたこと、〈2〉 右通達による「製本業者(個人)の課税事績報告書」の作成を命ぜられた板橋税務署の担当職員は、業種別名簿(板橋税務署に確定申告をしている個人の事業所得者について、その業種ごとに住所、氏名、青色・白色の区分、収入金額、所得金額及び申告納税額が記載されたコンピューターからの出力名簿)、所得税の確定申告書、所得税青色申告決算書、所得税調査書及び不服申立て事案等の整理簿を利用して、右抽出基準のすべてに該当する者を別表二の1ないし3記載のとおり抽出したこと、〈3〉 右担当職員は、右によって抽出した該当者について、総収入金額、特前所得金額及び特前所得率(特前所得金額を総収入金額で除したもの)を調査し、別表二の1ないし3記載(特前所得率の記載部分を除く。)のとおりの内容の報告書を作成し、板橋税務署はこれを東京国税局長に提出したこと、〈4〉 被告は右通達方式により抽出された同業者の平均特前所得率、すなわち、平成三年分は三三・〇一パーセント、平成四年分は三一・四六パーセント、平成五年分は三〇・八三パーセント(ただし、小数点第五位以下四捨五入。)を採用して、原告の本件係争各年分の特前所得金額を推計したことが認められる。

(二) ところで、比準同業者を抽出する場合に、比準同業者の収入金額を当該事業者の事業に係る総収入金額の二分の一以上、二倍以下とする倍半基準によることは、収入金額等の多寡が一般に当該納税者の事業規模を推測させる蓋然性の高い徴ひょうであることからして、合理性を有するものであり、また、東京国税局長が通達で示したその他の同業者の抽出基準も合理性を有するものである。そして、前記(一)認定の過程を経て抽出された比準同業者は、原告と同一地域で印刷業を営む者で、その事業規模が原告に類似している同業者であって、その抽出過程に被告の恣意が介在した余地はなく、その抽出基準に照らして、その総収入金額及び必要経費の算出根拠となる資料も一定の正確性を有し、またその抽出数も同業者の個別性を平均化するに足りるものということができるから、前記(一)〈4〉記載の比準同業者の平均特前率は、その客観性、正確性及び普遍性が担保されており適正なものというべきである。

(三) これに対し、原告は、製本業者は多種多様であり、〈1〉工場を賃借している者と自己所有の者、〈2〉機械の購入に係るローン返済中の者とそうでない者、さらに、〈3〉被告が比準同業者を抽出した板橋区に多い凸版印刷の下請業者と、そうでない者(原告)というような相違があり、右の相違を無視してこれらを一括して類似同業者とするのは合理性を欠く旨主張する。

しかし、推計による課税は、納税者の所得金額が直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ、原告と比準同業者の類似性を過度に要求することは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねず、所得税法が推計による課税を認めている以上、業種及び業態、事業所の近接性、事業規模等の基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業諸条件の差異は、それが推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均値を算出する過程で捨象されるものというべきである。

右の観点からみるに、工場を賃借しているかどうか、機械の購入資金の返済が終わっているかどうかという点は、いずれも比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異というべきである。また、取引先が大企業で安定している業者とそうでない業者とでは所得率に多少の相違が生じる可能性がないわけではないが、この差異も同業者の平均所得率による推計を不合理ならしめるほど顕著なものであるとは認め難い。

したがって、同業者の選定に当たり右の相違点を考慮しなかったからといって、推計を不合理ならしめるものとはいえず、原告の主張は採用することができない。

4  原告は、平成五年分の所得税について実額で課税できることを前提に、平成三年分及び平成四年分については、原告自身の平成五年分の所得率に基づいて推計をすべきである旨主張するが、平成五年分について実額で課税することができないことは既に述べたとおりであるから、原告の主張はその前提において失当であるといわざるを得ない。

5  以上のとおり、被告が比準同業者の平均特前所得率を原告の総収入金額に乗じて原告の本件係争各年分の所得金額を推計したことは、合理性を有するものというべきである。

三  本件更正処分等の適否

1  当事者間に争いがない原告の本件係争各年分の総収入金額を基礎として、前記二記載の推計方法により原告の本件係争各年分の事業所得金額を算定し、平成四年分及び平成五年分については、右各事業所得の金額から当事者間に争いがない事業専従者控除額を控除して、原告の本件係争各年分の総所得金額を算定すると、その金額は被告主張(第二の二)のとおり、平成三年分は八七四万二三九四円、平成四年分は九四九万二六一四円、平成五年分は一〇二四万二一四三円となる。

本件各更正処分に係る総所得金額は、右のとおり算出した総所得金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

2  原告が過少申告をしたことは既に説示したところから明らかであり、したがって、原告に対しては、通則法六五条に基づき本件各更正処分に伴い原告が新たに納付すべき税額を基礎として計算される過少申告加算税を課すべきである。

そして、弁論の全趣旨によれば、原告に対して課すべき過少申告加算税の額は、被告主張(前記第二の三)のとおりとなるものと認められるから、本件各賦課決定処分は適法である。

第四結論

よって、原告の本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡)

別表一

収入金額明細表

〈省略〉

別表二の1

平成三年分同業者率算定表

〈省略〉

別表二の2

平成四年分同業者率算定表

〈省略〉

別表二の3

平成五年分同業者率算定表

〈省略〉

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